いつも心に

手越くんが宇宙でいちばん好き

ぴーさんへ。

あけましておめでとうございます。いつになく早い更新です。今年も変わらず祐也を愛でる所存です。どうぞよろしくお願いいたします。
さて、先日も恒例になりましたカウコンに行ってまいりまして、楽しい時間を過ごしてきました。祐也は相変らず生放送と失敗できない歌う現場ということで緊張からタモリステーションでするいつもの笑わない顔をしていて、笑いました(笑わないで)。あの顔をしているときは大抵失敗するのが常でありましたが、ここ何年かは失敗をしなくなり、いつも通りを出せるようになりましたよね。成長を実感するって何よりうれしい。今年の初めもそんな祐也が愛しくて大好きって思いました。







タイトルどおり、ぴーさんのことを一発目に書いてみました。暗かったらすみません。彼のことって100人いたら100通りの思いがあると思うし、私はしつこい女で一生根に持つタイプなので(苦笑)しげあきと同じようにずっと、引きずるんだ。きっとね。





ぴーさんが歌い終わったあとに、「2年くらい音楽活動をしてなくて、キャーキャー言われたいなっていうのがあるので、いっこだけお願いがあるんですけどせーのって言ったらやまぴーってみんなで呼んでくれますか?いいですかいきますよせーの!…(聞いてる)ごちそうさまでした!」って句読点なし間が空かないように全部喋ったのね。これ、いつもそうだったよね。ぴーさんだなぁって思った。それから、以前君の夢の場所だった東京ドームで「やまぴー!」って言ってもらってうれしそうに笑った顔は、私が知ってるぴーさんの顔だったよ。「知ってる」って私の中ではすごく大きくて、何と言うか、トラウマなんだ。君がいなくなる前の時期に、ぴーさんは私の知らない顔をしていたことをここでも何度も書きました。にうすにいても、ソロ活動をしていても別人みたいな顔をしたぴーさんを見るのはすごくこわかったし、不安だったし、このひとはどこかへ行ってしまうんじゃないかって思ったんだよ。君の心はもうこのにうすという場所には無いんだね、って、分かってしまう恐怖。
にうすが4人になって以来、ぴーさんの顔を見ることもなくなって、君がどんな表情で、どんな声で、何を思っているのかなんてもう分からないし、知らない。これからもきっと私は、見ないし知らないままだと思う。だから、このあいだのカウコンで不意に見た君の笑顔に驚いたよ。私が知ってるぴーさんの顔だった。ふわっと笑ったその表情はうれしそうで、しあわせそうで、やっぱり相変らず少し困ったような笑顔で、何も変わってなかった。泣きたかった。もしそこに私がたったひとりでいたなら、わんわん声を上げて泣きたかった。でも、何泣きなのかは自分でも分からないんだ。うれしくて泣くわけでも、悲しくて泣くわけでも、悔しいわけでも、怒っているわけでもないよ。ただ、泣きたかった。

私はもともと、NEWSがキライでした。特に、やまぴーって人がどうしても好きになれなかった。チャラかったから。笑。そこからの紆余曲折は省略するけど、祐也を通してにうすを好きになって、露出をちゃんと見るようになって、ライブに行くようになって、一番驚いたのぴーさんでした。美しいのに表情に乏しくて、感情もよくわからなくて彫刻みたいで。ファンにもそういう感じなのかなって思ってた。ちょうどその頃「笑わないアイドル」なんてでかでかと掲げられてたっけ。だから余計にファンの前でもそうなのかなって思ってた。でも実際は違ってて、ファンの前で神様かと思うくらいやさしいく笑うんだよね。神様だから地上の醜い人々のことなんてちゃんと見ないのかなって思ってたら(どんな思い込み)、ひとりひとりの顔をちゃんと見て、あの少し困ったみたいなやさしい笑顔で手を振るぴーさん。このひとはこんなに優しい顔でファンを見るんだなぁって、それこそカルチャーショックだったし、ぴーさんの見方も変わったんだ。それから、ぴーさんの魅力は「足りないものがたくさんある、普通のひと」ってところだと私は思っています。世界遺産、なんて言われてどこからどう見ても完璧にすら思える彼は、普通の男の子で、完璧なんかじゃ全然ない。そこがぴーさんの魅力なんだって、にうすを見ていて分かったことでした。それに気付けたことが、にうすを好きになってよかったことのひとつだと、今でもそう思ってる。

だからね、余計に見たこと無いような顔してひとりでいるぴーさんを見たときにショックだったしこわかった。未だに忘れられないよ。でもね、こないだうれしそうに眉毛下げて笑ってて、あぁ知ってる、この顔知ってるって思った。さっき泣きたかったけど何泣きか分からないって書いたけど、うれしかったし、悲しかったし、悔しかったし、怒りたかった。全部だよ。あれからもう4年以上経つのに、まだ君のことが心をよぎるとこうなるって私ほんとどんだけしつこい女と毎度思うけど、たぶん一生こうなのかもしれないね。痛い記憶ってやっぱり忘れられないや。



これほんと人それぞれだから書こうか書くまいかと4年以上悩んでいますが、私はにうすからいなくなった人が今のにうすのひとたちと接触するの、うれしくないんです(書いた)。見たいと思わない。見ても1ミリもうれしくなくて、それを喜んでいる方を見ると羨ましくすらある。それがなぜなのかを自分でもちゃんと説明できなくて、それがすごく自分で気持ち悪いから説明したいんだけどきちんと言葉にできない。苦笑。
何年か前のカウコンでしげあきと祐也がぴーさんとすれ違うときにハグをしていて、それを目の前で見たときも何もうれしくなくて、何が近い言葉かっていうと「無」でした。なにも感じなかった。嫌だもムカつくもうれしいも悲しいも何もない。無。自分が無だったことにショックだったりもした。冷たいなぁわたし、と思いつつ、私はとにかく「NEWS」というプロジェクトにしか興味がないのかもしれない、と思ったりもします。「NEWS」に関わるものしか恐らく興味が沸かないんだろうなぁ。NEWSではなくなってしまったひとたちへ持つ感情がそれを物語っているんじゃないか、と今になってやっと少しずつ説明ができるようになってきたなぁ…時間が経つって大切だなぁ…

いつもどおり話がそれてきたので、やっと調子が出てきたっぽい。。笑。
NEWSを構成するひとりではなくなった君を見ることはもうないけれど、私が好きだったやさしい笑顔でしあわせそうだったこと。覚えておくね。そうだ、ちらっとこの間ラジオか何かであの頃は子供だった、グループのよさが分かった、なんて言ってたって見かけたけど、遅いよ。ほんと遅い。遅すぎてちょっと笑っちゃったじゃないか。元気そうでよかった。君には大活躍してもらわないと、NEWSが追いかけても追いつけないくらいの大きな存在でいてくれないと、困るんだ。じゃないと、意味ないでしょ?だから、これから楽しみにしてるからね。にうすも頑張るから、ぴーさんも頑張ってね。